「律儀者」
                                                    助居益太
  世は乱れ、群雄割拠する戦国時代にただ一人山に籠もり世俗を離れて暮らす若者がいた。仏道の
修行をするというのではない。野生のまま自由に暮らすことが性に合っていただけである。木の実
を採り狩猟をし、獣のように山を駆けめぐっていた。時には落ち武者が逃れてきたり、又それを追
う雑兵どもが騒がしくやってくることもあったが、若者は獣の如く山に潜み見つかることはなかっ
た。住まいというようなものはなく、何カ所かに岩穴とか倒木の洞などを身を休める場所として確
保していた。それは一見、自然のままであり誰も若者の存在に気づく者はなかった。日々獲物を求
めて山を渡り歩くには一カ所に留まっている方が不便であった。只冬場だけは雪に覆われるので、
鍾乳洞のようなかなり広い洞窟を住まいにしていた。入り口は崖の途中に開いており若者以外に気
づく者はいなかった。冬になるまでに捕った獲物の肉を薫製にして洞窟の奥に貯蔵していった。洞
窟は何処かへ抜けているのか、中で火をたいても煙るようなことはなかった。煙突のように洞窟の
上部の穴から抜けていった。しかもその煙は地上へ出て目に付くことはなかったので絶好の隠れ家
であった。
  秋の終わり頃、保存用の肉を捕るために仕掛けておいた罠に鹿が引っ掛かった。雌の若鹿であっ
た。いつもなら素早く殺して解体し洞窟へ運び込むのであるが、このところ落ち武者狩りもなく平
穏な日が続いていたので若者は少々性欲を持て余していた。鹿が雌であるのを良いことにその鹿を
犯そうとしたのである。秋の交尾期に入っているとはいえ人間相手では鹿も嫌がって後ろ足を跳ね
上げて若者の思うようにはさせなかった。若者も意地になってどうでも思うようにしようと悪戦苦
闘していた。そこへ一人の女が何者かに追われるように駆け寄ってきた。いつもの若者なら人が近
づくまでに身を隠してしまうのだが、鹿に気をとられて迂闊にも女に見つかってしまった。百姓女
の格好をしているが、一目で武士の娘とわかる品の良さを漂わせていた。泥で汚した顔も色白な肌
がそれを物語っていた。
  「お助け下さいませ、野盗に襲われて逃げて参りました」
  「野盗じゃあるまい、敵方の兵に追われとるんじゃろうが」
  「いいえ、そのようなことは・・・」
  「かくさんでもええ、儂の云うことを聞けば助けてやってもいいぞ」
  「どうぞお助けください」
  「よし、こっちへ来い」
  若者はいつもねぐらにしている近くの倒木の洞におんなを隠して何食わぬ顔で鹿のところへ戻っ
た。まもなく女を追ってきた雑兵たちが若者のところへやってきた。
  「おい、若造、ここへ女が逃げてこなかったか?」
  「ああ、百姓女があっちの方へ走っていったぞ」
  「百姓女じゃないわい、あれは安達家の姫じゃ。匿ったりしたら打ち首じゃぞ」
  捨てぜりふを残して雑兵たちは若者の指さした方へ駈けていった。そこは入り込むと迷ってしま
って何日も出てくることが出来ない険しい谷になっていた。迷ったことに気が付いた頃には元へ戻
る体力はなくなって、谷の下へ下へと、蟻地獄のように下るより仕方がなかった。へとへとになっ
た雑兵たちが里へたどり着くのは二三日後のことであろう。
  雑兵たちをやり過ごして若者は女を隠していたところへ戻った。
  「もういいぞ、奴らがここへ戻るには四五日かかる」
  「有難う御座いました、このお礼は改めて致しますから何なりとお望みの物を言って下さい」
  「改めてでは困るのー、儂の云うことを聞くと云うから助けたんじゃ。こっちへ来てもらおうか」
と鹿が罠にかかっているところまで女を連れてきた。女は雑兵たちから逃れられてほっとしたとこ
ろを、今度は若者から何をされるのかと気が気ではなかった。鹿のところまで戻った若者は裁着け
ばかまの上からでも判る程股間の一物を怒張させていた。
女が逃げないように片手でしっかりと捕まえておきながら、もう一方の手で袴のひもをほどいた。
股間に隆々とそびえる一物を見て女は馬の物かと思うばかりの大きさに目がくらんでしまった。
  「それでは約束を果たしてもらうぞ。すまんが、この鹿の後ろ足をしっかりと押さえておいて
くれ」
                                                       おわり
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