同じ頃、芳念、山頂付近の樹林を通りけり。月の明かりも差さぬ暗闇にて松明にわかに消えん。油ぎれでもなく怪しき事なり。燧石(ひうちいし)にて点火せんとて点かず。手探りで進みしが道に迷わん。ほとほと困り果てたる時、彼方に灯(あか)り見ゆ。近づけば川の側に建てる人家なり。山中に河原有るは不思議なり。
古びたる家にて屋根は苔むし、壁は所々はげ落ちけり。
笹山山中に人家有りとは聞かず。どこまで迷いて来しか尋ねんと中に入れり。
ミイラのようにやせ細った老婆、囲炉裏の側に座れり。振り向けばこの世の人とも思えぬ青白き顔で眼のみ爛々と光れり。芳念竦みたれど話しかけり。
 「此処はどの辺りでしょうか?」
「自分でやってきて判らぬか?此処は三途の渡しの入り口じゃ。見れば坊主のようじゃが、まだ修行が足らぬようじゃの。引き返しても無駄じゃぞ、無明の闇を彷徨うだけじゃ」この婆は奪衣婆(だつえば)なりしか。芳念絶句しうち震えたり。
「・・・」
 「助けて欲しいか?魚心あれば水心じゃ。儂も長い間、男日照りじゃ。儂のような婆でも交合(まぐわ)う事が出来るかえ?」
芳念、命惜しみて「死んでも嫌です」と言えず。目を瞑りて老婆を抱かんとすれば、老婆忽ち若き娘に変じたり。芳念、冥土の入り口で快楽をむさぼれり。夜の白々と明けるまで交合えり。
 里の百姓、野良仕事に出でて見れば、芳念、枯れ木を抱きて盛んに腰を振れり。
 「おーい、坊さん何をしとるんじゃ?」
 「あー、いくいくいくー・・・?生き返ったか残念じゃ」

 快念、円勝寺の門前を通りしおり、吾助走り出て呼び止めり。何事ならんと聞けば住職と妙心尼、本堂で苦しみ呻きたる様子なりと言えり。「何故介抱せぬ」と聞けば、住職「何事ありても本堂に入るまじ」と吾助に言えりと言う。
快念、吾助を門前に待たせ、他の学僧通りなば連れ来るよう言い置き、本堂に来たり。
中より聞こえるはうめき声にあらず、男女のよがり声なり。そっと戸を開きて見れば、木魚を枕に住職と妙心尼交合いたり。
 「さては住職、楽しまんが為に我らを回峰行に行かせしか」と悔しがり、戸をがばと開ければ、住職、妙心尼忽ち消え失せ本堂静まりたり。快念、夢を見しかと頬を抓(つね)れば痛み有り。回峰行の疲れ溜まりて迷いしかと本尊に礼拝せり。
「数回山を巡りたるくらいで、心迷いたるとは信心浅き故なり」頭上より厳かなる声有り。はっと見上げれば、本尊微笑みてさらに語りぬ。
「妄想をいだくは汝の心にその願望有るが故じゃ。いやしくも佛に仕えし者が男女の交合いを思い浮かべるは以ての外である。然(さ)りとて汝も若き男子(おのこ)、あまりに精が溜まりては身体にも悪い。観音堂にて観世音菩薩の慈悲に縋るがよい」
「ははー」
快念、観音堂に来てみれば妙心尼、堂に籠もりて読経中なり。後ろに座りて念仏を唱えしが妙心尼の尻のふくよかなるを見て気もそぞろなり。又、妙心尼傷(いた)めし足を崩し居ればその脛(はぎ)いっそう艶めかしけり。快念生唾を飲み込みて、念仏途切れがちなり。煩悩を消さんと目を瞑れば艶めかしき姿瞼に浮かびて猶悶えたり。
終(つ)いには数珠を擦りながら己が一物を擦りたり。
 やや有りて吾助、何某と観音堂に来たり。堂内より悶えたる声聞こえれば吾助覗き見たり。快念、観音像に抱きつきて悶えおれり。
何某、続きて見れば、妙心尼と快念交合えり。吾助愚鈍なれど純粋なるが故そのままを見れり。何某雑念多く怪(あやか)しを見抜けず。吾助を口止めし、「早寝るべし」と追いたてり。
吾助行きし後さらに覗きけり。戸の隙間狭くまた灯を消せしかよく見えず。男女のよがり声のみ聞こゆ。何某よく見んとて戸を開きしもなかなか動かず。戸の隙間徐々に締まりて手を挟まん。指千切れんばかりの痛さなれど声も出せず。戸に足を掛けて開かんとすれどぴりとも動かず。やがて白々と夜が明けり。里の百姓野良仕事に出でて見れば、何某、山裾の大岩の隙間に手を差し入れ足を掛け、隙間を開かんと力みたり。顔まっ赤にし、頭より湯気昇りたり。
「おーい坊さん何をしとるんじゃ?」
 「観音堂が開かんのじゃ。助けてくれい」

それぞれの学僧村人に助けられ寺に戻りしが熱高く寝込みたり。又、住職、妙心尼とも姿見えず。村人寺に入りしおり、二匹の狸裏山に逃げるを見れり。学僧、狸に化かされたりと言えり。
その後住職帰り、寝込みたる学僧を手当せり。薬草を煎じたる飲み薬、練り合わせたる丸薬を与えん。いずれも、いと臭き薬にて学僧鼻歪みたり。吾助、薬を調合せる住職の後ろ姿を見れば太き尻尾と金玉下がれり。薬草と思いし物は狸の溜糞(ためぐそ)と尿(いばり)なり。
 円勝寺はいつ頃まで有りしか?。鵜園八百君も知らず。狸の祟りにて廃寺となりしか?吾助、住職のその後、誰も知らず。自分も資料数多(あまた)調べたれど、分からず。この話嘘ばかりなりと言う人有れども、鵜園八百君、誠実なる人なれば虚言と思えず。只、八百君話し終わりて後、我が茶店に来たらず。彼が支払いし茶代、いつの間にか木の葉となれり。
おわり

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