坊さんの言っていたとおり、能引寺はすぐに分かった。しかし、すごい荒れ寺だ。
門前の石碑に「岩神家菩提寺」と刻まれている。坊さんの名字と同じだ。門から入
ると本堂のみで、庫裡のようなものは無い。どこに住んでいるのだろう?。まるで
無住の寺だ。
 本堂脇に五輪塔があり、古びた説明板に、「岩神雄山墓所」とある。坊さんの名
前だ。先祖代々名前を襲名する習慣はあるが、最近では珍しいことだ。寺を出て、
近くにいた老人に「岩神さんのお宅はどちらでしょうか?」と聞くと、「岩神さん
はあの寺だけで、戦国時代に絶えたままじゃ。」とのことである。
岩神雄山と言う坊さんがうちの店に来ていた事を説明すると。「また出だしたか。
あんた、それは岩神雄山の怨霊じゃ。何年かおきに、あんたのような人が訪ねてく
るなー。岩神雄山は戦国時代の豪族で、この辺りを治めていたが、若くして尼子一
族に滅ぼされたんじゃ。あまり関わりをもたんほうがええぞ」
 ぞーとして、腕に鳥肌が立った。
 「お祓いをしてもろた方がええで。それから帰りは、来たときと同じ道は通らん
ほうがええで。憑いて帰るゆうさかいな」
「・・・ジャー、失礼します」それから、どの道をどう帰ったのか、とにかく回り
道をして、怨霊も憑いてこれないようなスピードでぶっ飛ばして帰った。
 帰ってくるなり、檀家寺の住職を呼んで、お祓いをしてもらい。それだけでは心
配だからと素裸になり、身体中に「南無妙法蓮華経」と奥方に筆で書き込ませた。
 「耳に忘れんように書いてくれよ」と耳無し芳一の事が気になるらしい。それで
も、股間の一物に書き込むときには、恐怖心もどこへやら、「あー、」気持ちイー」
と勃起させてしまうマスターであった。
 次の火曜日の夜には「岩神雄山」は来なかった。不謹慎なマスターには取り憑く
気も無くなったらしい。
 その後、身体中にお経を書き込んだマスターを気持ち悪がって、客足が遠のいて
しまった。それにもめげず。ますます暇になった喫茶店で、小説を書いて芥川賞を
狙っているマスターである。
わが輩たちの餌代が心配になってきた。
               おわり


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