幼児の殺人
                                                                助居益太

 そよそよとさわやかな風が吹きわたる秋の午後、のんびりとした山里の一集落でその事件
は起こった。わずか三歳を少し過ぎた幼児が殺人を犯してしまったのである。ふだん何事も
なくゆったりとした営みをおくっている村人たちは異常な事件に衝撃を受けた。
 殺人を犯した幼児には最近妹ができていた。母親は色白の、村でも評判の美人であった。
父はサラリーマンで遠くの街まで車で通勤していた。六十キロ程離れているので朝早く出掛
けて夜遅く帰ってくる毎日であった。両親の他に祖父夫婦が一緒に住んでいた。
七十前の祖父は村役場を定年で辞めてからは田畑の作業に毎日出掛け健康な生活を送ってい
た。祖母は家庭内の家事は息子の嫁に任せて、老人会の趣味のサークルに入り、出掛けてい
ることが多かった。老夫婦の年金と息子の給料で贅沢ではないがそこそこ豊かな暮らしぶり
であった。
 幼児は男の子にしては話すことが早熟で、幼児言葉ながら大人たちとの会話で親たちを呆
れさせるようなことも度々であった。ただ妹ができてから、母親が赤子の世話に手を取られ
るようになって、自分の事を構ってくれないことが不満であった。子供らしく駄々をこねて
も「まーちゃんもお兄ちゃんになったんやから賢くしてないとだめよ」と母親に諭されると
すぐに素直になってしまう自分がよけいに不満を募らせることになっていった。
やがてその不満が妹さえいなければ母親の愛情が又自分に戻ってくると思い、赤ん坊の妹に
対して殺意を抱くようになったのである。
日頃、納屋に置いてある農薬にさわろうとすると祖父から「そんなもん舐めたら死んでしま
うぞ」と注意されていたことを思い出し、母親が昼寝をしている間に、母親の乳房に農薬の
原液を塗りつけておいたのである。乳房に吸い付いた赤ん坊が死ねば母親の愛情は又自分一
人の物になると思っての事である。育児に疲れていた母親は胸元を開かれて農薬を乳房に塗
られても目覚めることはなかった。幼児はその場にいてはまずいと思い、祖父が作業をして
いる山の畑へ出掛けていった。
 祖父は一人で上がってきた孫に驚いたが、又一人で帰すのはマムシにでも噛まれると危な
いのでそのままその辺で遊ばせておいた。夕方になって祖父と一緒に家に帰ると村中の人た
ちが集まって騒いでいた。
人垣をかき分けて母親の昼寝をしていたところへ行ってみると、そこで死んでいたのは隣の
オッチャンであった。
                                                                   おわり

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