「ツーリング」
                              助居益太
  「お久しぶりです。遠いところを、お見舞い下さって恐縮です。お陰様で身体も大分良
くなってきましたので、ご心配をお掛けしましたがもう大丈夫です。それにしても、お宅
は何時までもお若いですね。私と同級生にはとても見えない。私がこんな事になったのは、
ある若い女に惚れましてね。長い間一緒に暮らしたのですが、その間の乱れた生活の為な
んです。年甲斐もなくお恥ずかしい話ですがお聞き頂けますか?」
    男の話

  以下は筆者が男の話を転記した物語である。

  妻を亡くして後、バイクでツーリングに出掛ける事が唯一の楽しみになっていた。
久しぶりなので、バイト探しはせずに走りを楽しむことにした。
  アクセルを二回捻って、加速ポンプ付きのキャブレターから生ガスをシリンダーに送り
込み。デコンプを操作しながら圧縮上死点の手前でキックペダルを一気に踏みおろす。
この一連の操作が、私のバイクを目覚めさせる儀式になっていた。今時キックスタートの
バイクは珍しいが、これはエンデューロレーサーで、軽量化の為セルスターターは付いて
いない。それをオンロード仕様に改造している。650CCの単気筒なので、全体重を掛
けて踏み降ろさないとエンジンは目覚めない。この「男のバイク」が私の唯一の乗り物で
ある。レース用の排気管から爆音が轟く。
アクセルを軽く煽りながら暖機運転をする。  今から自由への旅立ちだ。バイクで出掛け
ると、心が解放される。梅雨時の晴れ間を待って、久しぶりのツーリングだ。
  昨日までの雨で山の緑はキラキラと輝いている。交通量の少ない山間部は気温も低くて
快適に走れる。ワインディングロードを右に左にバンクさせてコーナリングを楽しむ。
コーナーの立ち上がりで一気にアクセルを開けるとウイリーしながら加速していく。
緊張感が快感に変わる。目的地も決めずに気の向くままバイクを走らせる。
交通量の多い幹線道路は避けて、中国山系の山道を目指した。広域林道は完全舗装で道幅
も広く、高速で快適に走れる。
峠を越え、かなり下ってから街に出るまでに枝道に入っていった。道は狭い舗装路で曲が
りくねりながら上っている。時々、鹿が道端に出ていたりする。自然が豊かで奥が深そう
だ。今までに走った事のない道だ。何処に通じているのかも分からない。三〇分も走ると
小さなダムがあった。山の奥へ道は続いている。
  「平家塚まで三キロ」の案内板が道の側に立っている。車がようやく通れる狭い道だが
舗装路なので快適に走れる。所々、薄暗くなるほど木立が繁っている。明るく開けた所は
田圃が段々に何枚か続いている。いかにも平家の落人の隠れ里という雰囲気である。
暫く走ると十軒程の集落があった。年寄りが庭先に腰を掛けて私の方を珍しそうに見てい
た。のんびりとした光景だ。
  出会った老人に道を尋ねると、奥は深いが行き止まりだと教えてくれた。
集落の外れに平家塚の案内板があり、小高い塚の側に東屋が建っていた。
行き止まりまで行って、帰りに塚を見学することにした。
  やがて地道になってしまったが走り続けた。昨日までの雨で所々水溜まりがあり、思う
ように走れないが元々オフロード用のバイクなので無理をしなければ大丈夫だ。


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