登り道をどんどん高度を上げていった。頭上を覆っていた樹林が疎らになって、頂上付近
まで上ってきた事が分かった。
山頂部だが付近は平らで、かなりの面積があるようだ。道は分岐が多くなり、網の目の様
に縦横に付いている。オフロードバイクのタイヤの跡なども見える。この辺りは道と言う
より、モトクロスコースの様にでこぼこに荒れてしまっている。オンロード用のタイヤで
はすぐにスリップしてしまう
同じ道を通らずに山から下りようとしたが、樹林の中で方向が分からなくなってしまった。
兎に角、道なりに進むより仕方なかった。同じ所をぐるぐる回っている様な錯覚を起こし
た。
  走り続けて、雑草が覆い被さっている所を抜けると開けた場所に花畑があった。その中
の大きな欅の下に別荘風の建物があった。
石貼りの壁に蔦が絡んだ英国風の洒落た建物だ。
  花畑のポピーは盛りを過ぎてしまって雑草が生い茂っていたが、建物の周りの庭は色と
りどりの花が咲き乱れ、そこだけが別天地の様に見えた。ガレージには真っ赤なフェラー
リが駐まっていた。舗装路が集落の方向に続いていた。ガレージの隣は工房の様になって
いて、陶芸の窯がある。趣味人の住まいの様だ。
  女が庭で草引きをしていた。バイクの音に気づいた女と目が合い、強く惹かれるものを
感じた。女は立ち上がり軽く会釈をした。
私は女の視線に吸い寄せられる様にバイクを停めた。
  「今日は、少し休んでいきません?」
女は作業用の軍手を外しながら声を掛けてきた。私が戸惑っていると、「入ってお茶でも
どうぞ」とさらに誘ってくれた。
  「ありがとうございます。お仕事中なのによろしいですか?」
  「どうぞどうぞ、どうせ暇つぶしにしていただけですから」
  見かけは三十代半ば位だが、落ち着いた雰囲気で、もう少し上の様にも感じられた。
ぞくっとする程の美人で、理知的なキャリアウーマンという感じだ。
  居間から庭に張り出した木製デッキに通され椅子を勧められた。デッキだけ最近取り付
けた様に新しかった。
  「こんな所に女一人だけで居て変に思われるでしょう?。半年程前からこの家を買って
住んでいますの」
 「こんな山の中で怖くありませんか?」
  「すぐ下に集落がありますし、街中には変な人間がたくさん居ますが、此処には好い人
しか来ませんから」
  「はー・・・」
  もし私が変な気でも起こしたらどうするのだろうと想像していると、見透かす様に微笑
みながら、「貴方、私を襲いたいですか?」と、ドキッとする様な事を言われた。思わず
顔がほてるのがわかった。
  「あら純情な方なのね。赤くなって、襲ってもいいわよ」
  「あ、いえ、ご冗談でしょー」  「うふふ、初心な方ね」自分より若いはずの女にから
かわれて落ち着けなかった。女はお茶の準備にキッチンへ立っていき、そちらから「ごゆ
っくりなさって好いのでしょう?」と聞いてくる。「ええ、まあ」
女の意図を疑う気持ちと、満更でもない気持ちが交錯していた。


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