娘の話
  「今日はわざわざお見舞いにお越し下さいまして有り難う御座いました。父の長い話に
にお付き合い下さってお疲れになったでしょう?。変な事をお話しして驚かれたでしょう。
誰かお越しになる度に独り言みたいに同じ話をするので困っておりますの。父が見つかっ
たのは自家を出てから丁度五日目でした。警察から電話がありまして、山奥の村に倒れ込
むようにたどり着いたのを村の方が通報してくれたらしいです。今までも女の人の家に転
がり込んで二三日帰らない事がよくありましたから心配はしていなかったのですが、この
度は警察から連絡があったもので驚きました。
バイクの側でガリガリに痩せて倒れていたそうです。見つけた方がミイラではないかと思
った程痩せていたそうです。運ばれた病院の先生も生きているのが不思議なくらいだとお
っしゃっていました。それから一ヶ月くらい意識が無く、時々譫言で芥子とか覚醒剤とか
すべるすべる等と言っておりましたが十日前にやっと気が付きました。ただ話すことが変
で、父は何年も自家を出ていたと思っているようなのです。岩下忍という人とセックスし
た話など恥ずかしげもなくするものですから、呆けてしまって願望を話してるみたいで。
精神科の先生も脳波には異常がないし、理解できないケースだとおっしゃるんです。それ
に四五日であれほど痩せるようなことは食事を摂らなかったとしてもあり得ないらしいで
す。七三キロ有った体重が見つかった時は四〇キロも無かったのです。警察の方も意識が
回復してから事情聴取に来られて、発見された時の状況があまりに異常なので色々調査さ
れているようです。自家を出た日に集落の入り口で父が道を尋ねた人が最期の目撃者で、
発見されるまでの四日間の足取りがさっぱり分からないようです。何か分かれば連絡して
もらえるのですが、未だに何も分かっていないようです。父が見つかる前の四日間は土砂
降りの雨でしたから山の中では濡れてしまったと思うのですが、バイクも汚れていないし、
父も出掛けた時のままの姿でした。村の方も大きな音のバイクだったので、父が林道の方
へ登っていくのはよく覚えていたようです。その後は下りてきた気配は全く無かったとの
ことでした。林道は行き止まりですからその村を通らないことには里へは下りられないよ
うです。村の噂では平家の祟りだとか言っているようですが・・・どうなんでしょうねー。
せっかくお越し下さいましたのにこんな事で申し訳ありません。もう少し回復すればしっ
かりしてくると思いますので、その時は又ご連絡致します。今日は遠いところをお見舞い
下さいまして有り難う御座いました。
     警察官の話
「藤波達也さんのお嬢さんですか?。私、智頭署の田中と申します。お父さんの件につい
て調べております担当者なんですが、ちょっとお耳に入れておきたいことが御座いまして
お伺いいたしました。早速ですが、今まで調査した結論から申し上げますと、この度の件
に関しまして色々当たってみましたが事件性は無いように思われます。お父さんの身体的
な変化については病院の方の検査結果を待たなければならないのですが、足取りについて
は発見された集落の山中に四日間居られたとしか考えられないのです。あの雨の中でどう
過ごされたのか知るよしもないのですが、
あの集落へ出入りする道は一本しか有りません。それとダムの監視カメラにお父さんが写
っていましたが、出てこられた形跡は有りませんでした。他に入っていった車は集落の人
たちの車だけでした。ただ、お父さんの話の中に出てくる岩下忍という女性は実在してお
りました。ただしそれは二〇年前のことです。


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