客の中には爬虫類見たさに遠いところから来店してくれる客もあるが、毎週定期的に
来てくれる客は稀である。
 鳥取県の山の中から通ってくる坊さんはいつも火曜日の夕方、暗くなった頃にやって
くる。歳は四十代半ばで少し神経質そうな感じである。最初のうちはあまり話もしなか
ったが、何度か来店するうちに、マスターと親しくなって色々と話すようになった。
話の内容は、マスターが置いている、宗教関係の本に関してのこととか、教育問題とか、
結構堅い内容が多い。マスターの本は、宗教書とかの堅い本を店に飾っておけば、格調
高い店に感じてもらえると思って置いているだけなので、話を合わせるのに一苦労であ
る。その坊さんは、一人者で、親の寺を継ぐために東京での仕事を辞めて帰郷したらし
い。店の雰囲気が気に入って、毎週通ってきてくれるのだが、かなり遠いところなので、
帰り着く頃は深夜になってしまうだろう。一人暮らしで寂しいのか、帰るときはいつも 
「近くへ来られたら寄って下さい」とマスターを誘っていた。毎度誘われるので、夏も
終わり、涼しくなりかけた頃、定休日にツーリングするついでに寄ってみる事にした。
吾輩はついて行くわけにいかないので、以下はマスターが帰ってきたときの話である。

  残暑もおさまり、朝夕は涼しくなってきた。千種から三室高原を越えて智頭へ至る
林道を走ってきた。高原の爽やかな風を受けて、ワインディングロードをあまり飛ば
さずに流していた。時々、道ばたに鹿が出てきて、キョトンとした顔でこちらを見て
いるのが何とも可愛い。あまり驚かさないようにゆっくり走るが、バイクの爆音に驚
いて、山の中へ駆け込んでしまう。沖の山林道周辺はまだ自然が豊かである。
 時間調整をしながら走って、芦津渓谷の三滝荘で昼食にした。林の中に茅葺きの古
い民家や、石のおもりを屋根に置いた建物があり、それが客席になっている。ひなび
た雰囲気で、不便なところなのに、結構流行っている。山菜定食が定番だが、胃にも
たれないように山菜うどんだけにしておく。(本当は、金の持ち合わせがあまりなか
ったからである。)
 食事を済ませて、坊さんの住んでいる寺へ向かう。智頭町から上板井原集落を経て、
八頭中央線で大江集落までの行程だ。道は舗装してあるが、ほとんど交通車両は無い。
杉や檜の林に覆われて昼でも薄暗い。気温も低く、ジャケットを着ていたのが正解だ
った。いくつかの峠を越えて、道が川沿いになり、しばらく走って、大江集落に着い
た。

page8へ

TOP